
最終更新日:2025-05-20
成分分析計を一切使わずに、すべて人による審査で「甘いお米」を発掘する異色の食味コンテスト、「お米番付第11回大会」。今回、入賞を受賞したのは、北海道蘭越町で「ななつぼし」を育てる佐々木和弘さんでした。
佐々木さんがお米づくりを行う中で何よりも大切にしているのは、食べた人からの「おいしい」という“リアルな声”。今回は、寒さの厳しい北海道でどのように、おいしいお米をつくっているのか、また昨今の変化するお米情勢の中で、どのように農業経営に向き合っているのかを伺いました。
■ 洋食料理人から、五代目生産者として
「実は以前、洋食のコックをしていたんです」
25歳まで料理人として働き、その後、家業を継ぐために実家に戻った佐々木さん。五代目として就農してから、今年で24年になる。先代とともに築き上げたおいしいお米づくりを大切に守りながら、日々工夫を重ねてきた。
現在の作付け面積は約10ヘクタールで、「ななつぼし」の他に「ゆめぴりか」や飼料米をそれぞれ3分の1ずつ育てている。地元の大会でもグランプリを獲得するなどの実績を持ち、「お米番付」には一昨年から出品している。
■人が食べて感じた、“リアルな声”
佐々木さんが「お米番付」にエントリーした理由は、機械を使わない大会だったから。津軽海峡より北の地域で収穫されたお米は、成分分析計の点数が伸びにくいと昔から言われており、それもあって数値ではなく、人が実際に食べて「おいしい」と感じる“リアルな声”を大切にするようになったという。今回の入賞を受けての気持ちを伺うと「やっぱり人から『おいしい』と言ってもらえるのは嬉しいですね。それに実際に食べて評価をしてもらえると売りやすくなるし、何より自信にもなります」と話す。
今回入賞を受賞した「ななつぼし」は、飲食店のシェフたちがお取り寄せするほどの、言わば佐々木さんの看板の味。札幌の老舗料亭でも使用され、料理長からは「甘みが強く、香りが豊か」と太鼓判を押されているそう。その特長は、お米そのものの存在感が際立つ、おかずの有り無しどちらでも楽しみたくなる味わいだ。
■ 寒さにも暑さにも負けない、お米づくり
佐々木さんのお米づくりは、北海道ではまだ寒いことの多い4月中旬の苗づくりから始まる。この時期に強い苗を育てるかどうかによって、その後の稲の成長が大きく左右される。蘭越町は山に囲まれた盆地のような地形であるため、周辺に比べれば比較的暖かい気候に恵まれている。佐々木さんはこの地域の特性を活かして、丁寧な苗づくりを徹底している。
一方で夏になると、昨今の地球温暖化の影響により、北海道でも稲の高温障害が懸念されるようになってきた。この対応策として、佐々木さんは田植え前の代掻きをしっかりと行い、稲の根が地中深くまで張るよう工夫を凝らす。「田んぼの中の土って、太陽の熱で表面から大体5〜10cmくらいまで温かいんですよ」。それより深い層の土は夏でもひんやりとしており、根が深く張ることでこの高温の影響を受けにくくなるという。特に気が抜けないのが、夏本番になる前の田植え直後なのだそう。この時期にしっかりと根を成長させることで、秋においしいお米を収穫することができる。
さらに佐々木さんは根の成長を促すために、タンニンや鉄を含む肥料を自ら手づくりしている。高知県の生産者が動画サイトで配信している方法を、参考にしたそうだ。ほかにも農薬会社の薬剤テスターに協力するなど、お米づくりの知見を多方面から積極的に取り入れている。
■ ゼロから始めると1億円。生産者の減少
機械設備への投資も積極的に行う。2年前の猛暑をきっかけに、乳白米を選別する機械を導入した。また農薬や肥料の散布をする際には、ドローンも活用しているそうだ。ドローンを購入する際には、販売店に相談しながら自身で資格も取得した。
お米づくりをする上で、機械購入やメンテナンスなどの出費は避けることができない。佐々木さんは家業を継ぐ形で就農したが、それでも新しい設備の導入や修理などに多くのコストがかかったそうだ。「今と同じ設備をゼロから揃えようと思ったら、おそらく1億円あっても足りないと思います」と苦笑する。
ご自身の後継ぎについてどのように考えているかを伺うと、「息子がやりたいと言えばやらせるし、やりたくないと言えば農地を現役世代の若手に託すしかありません」と話す。新規就農者が少ないため現役世代が抱える農地が広がり、こうして地域の大規模農業経営が進む。実際、佐々木さんの蘭越町では人を雇って50〜60ヘクタールを担う農家も少なくなく、法人化して100ヘクタールを超える法人もあるそうだ。「うちはこの地域では広い方じゃないのですが、それでもすでに限界を感じています」と話される。
■ 価格と向き合いながら、おいしいを届け続ける
生産者の後継ぎ問題が深刻化する中、お米の価格高騰も問題となっている昨今。昨年の秋の手取りが増えたのでは、と尋ねると「もしも今回の秋の価格がずっと続いてくれるんだったら、やっと息子に“農家をやってみていいんじゃないか”と言える」と佐々木さん。5年前の価格では生活の見通しが立たず、継がせることはできなかったと振り返る。
生産者の手取りは増えたと言われるが、この状況が続く保証はない。また佐々木さんの場合は、収穫したお米のほとんどを秋のうちにまとめて出荷してしまうため、それ以降に米価が上がっても、それが収入に直結することは少ないのだそう。市場価格の上昇が、そのまま生産者の手取りに反映されるわけではないという、現場ならではの実感がある。
こうした中でも「なるべく安く、おいしいものを届けたい」と話す佐々木さん。そのために、肥料や農薬の価格、効果を綿密に比較し、必要以上のコストをかけずにすむよう工夫を重ねているそうだ。たとえば、農機具の取り扱いにも細心の注意を払い、修理費を最小限に抑える努力をしている。「これまで作り上げた、おいしいお米づくりの基礎を大切にしながら、そこに工夫を重ねる。でも決して味は落とさない」と語るその姿からは、お客さんに自分のお米を、これからも続けて食べてほしい、という想いが伝わってきた。
■食べた人の「おいしい」で広がる、“佐々木さんのお米”
これまでに様々なお米の食味コンテストで受賞してきた、佐々木さん。日々の積み重ねが実を結び、今では営業活動を行わなくても、佐々木さんのお米を「食べたい」と言ってくれる飲食店や一般の消費者がたくさんいる。こうしたお客さんとのつながりを大切にしていきたい、というのが佐々木さんの想い。顔を合わせる機会が少ない大口のお取引先にも、年に一度は自分から足を運び、直接会って話すようにしているそうだ。
もともと料理人として働かれていた経験もあり、飲食店とのお取引も多い。しかし今後は、そうした業務用のお客さんに加えて、“佐々木さんのお米”としてご家庭で味わってくれる個人のお客さんとの関係も、さらに大事にしていきたいと語る。食べた人からの「おいしい」という“リアルな声”が口コミとして広がり、新たなお客さんとの出会いにつながっていく。そんな循環を生み出すことが、佐々木さんのこれからの目標だ。

2025年6月7日(土)から8日(日)までの2日間、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、佐々木さんが育てた「ななつぼし」が提供されます。食べた人からの「おいしい」を大切にし続けて生まれた、佐々木さんの「ななつぼし」が持つ豊かな甘みと香り。その魅力を余すことなく味わっていただくために、当店ならではの精米と炊飯の技で、最高の状態に炊き上げてお届けします。ぜひ一粒一粒の旨みをご堪能ください。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。