
最終更新日:2025-08-22
成分分析計を一切使わず、人の舌だけで甘いお米を決める異色の食味コンテスト「お米番付第11回大会」。今回、3年連続受賞を果たしたのは、長野県安曇野市で「コシヒカリ」を育てる宮澤和芳さんでした。宮澤さんがお米づくりで大切にしているのは、“毎年ブレないおいしさ”。気候変動による予測不能な天候や需要の変化が進む中、「安曇野らしいおいしさをこれからも届けたい」という想いで、毎日の栽培記録、AIや最新技術と人の感覚を融合させた栽培方法などさまざまな工夫を続けています。今回は、その具体的な取り組みや昨今のお米の需要への対応について伺ってきました。
■“直播栽培”で猛暑に挑む。安曇野らしい味を届けたい
今回宮澤さんが受賞したお米は、ご自身にとっても新しい取り組みである“直播栽培”のコシヒカリだった。“直播栽培”とは、種籾を田んぼに直接蒔いて栽培する方法。これにより出穂時期を調整することができるため、昨今のような夏の猛暑にも対応することができる。「安曇野らしい噛みごたえのあるお米の特長を最大限に引き出したい」というのが、宮澤さんの狙いだった。
「もしも“直播栽培”が成功すれば、来年以降も地域のお米のおいしさをお客さんに届け続けることができるかもしれない」という想いで育てた、今回のコシヒカリ。その味わいは「お米番付第11回大会」で審査員たちから高く評価された。今回の受賞は宮澤さんにとっても、次作につながる手応えと次へのヒントとなったそうだ。
■何冊もの栽培記録ノート。蓄積と分析で天候に立ち向かう
「近年の気候は予測できないですよね。今年の気候が良かったのか悪かったのかも、もはや分からない。かつては基準となる年がはっきりしていました」と話す宮澤さん。昔は田植えをした後、しばらく田んぼを見に行かなくてもよかったそうだ。
しかし今は違う。春先の長雨、夏の異常高温、突然の寒暖差。気温の急変で稲の初期生育が不安定になったり、人間でいう風邪を引いたような状態になってしまうこともある。宮澤さんは毎日田んぼを見に行き、細かく生育を観察して、それをノートやスマートフォンに記録、必要なら水や肥料の調整をすぐ行う。「毎日の天候、生育状況、肥料や水の与え方、全て記録しています。品種ごとの違いや、その年ごとの天候の特徴も細かく残しておくことで、翌年以降もどうしたら同じおいしさに近づけるかが見えてくる」と話す。これまで作った記録ノートは、何冊あるかわからないほどになったそうだ。
■どんな環境でも、毎年“同じおいしさ”を届けるため
天候不順に加えて、宮澤さんの田んぼでは昨年、これまで見られなかった病気や害虫の被害も発生した。安曇野市は以前、投与する農薬の量が少なくても品質の良いお米が実りやすい恵まれた土地だった。しかし現在はこれまでと同じ農薬の量で同じおいしさのお米を収穫したかったら、以前よりもずっと手をかけないと品質が保てなくなってきたそうだ。そのため宮澤さんは、夜間の水管理や肥料の与え方にも工夫を重ねている。夜中に田んぼを見に行く日も少なくないそうだ。
こうした宮澤さんの中に蓄積されたこれまでのお米づくりのデータと、徹底した栽培管理によって、今年のコシヒカリは昔ながらの噛みごたえとあっさり感に加え、猛暑によるもちもちとした食感が合わさり、例年以上に多様なニーズに応えられる味わいに仕上がった。もちもち派も、さらっとした食感を求める人も唸らせるおいしさが、今年の宮澤さんのお米の特長だ。
「天候のせいにしたらプロじゃない。“毎年ブレないおいしさ”を届けるため、基準を自分で作り、何が起きても対応できる準備をしておくことが、いま一番大切なことだと思う」と語る宮澤さん。今後もこのお米づくりのデータの蓄積と分析、そしてそれをもとにした環境への対応を行っていくそうだ。
■少しでも早く新米を届けたい。お米の需要への対応
近年ニュースで話題のお米の価格高騰。一見、生産者にとっては良い話のように聞こえるが、必ずしもそうとは限らない。売り上げは増えても、同時に燃料や肥料、機械の価格も高騰している。宮澤さんは「これまでのお客様のために、簡単には値上げできない」と、コストを日々見直して、本当に適正な価格を模索する。
スーパーからお米が消えた昨年から、宮澤さんが経営する宮澤ファームには、地域のお客様や飲食店から「お米ありませんか?」と、問い合わせが殺到した。現在は例年購入してくださっているリピーターさんの在庫分は確保しつつ、新規の注文には応えきれない現実を悔しく思っているそうだ。
この現状に対応するために宮澤さんは、今年は田植えと収穫の時期を従来よりも早め、早稲の品種で一部を対応していきたいと考えている。「少しでも早く新米を届けたい。もしも備蓄米が減れば、秋にはまた品薄になるかもしれない。今はあらゆる可能性を考えて先を見越して行動するしかない」と、生産者としてご自身にできることは何かを考え、奮闘されている。
その一方で、敢えて時期を遅らせている稲もあるようだ。品種ごとに田植えや収穫時期をずらすことで、労働負担を分散し、食味の違いも際立たせる。「お客さんによって好みは様々。10品種ほど栽培し、業務用や旅館向け、一般家庭向け、などと細かく分けて、収穫時期と収穫量、そして食味を両立させている」と、お客さんの好みに合わせたお米づくりも行う。
■“体が資本”。忙しい中でも未来を見据えて
需要が集中する一方で、生産者の高齢化によりお米の作り手は減り続けている。引退した生産者の田んぼを借り入れていくことで、宮澤さんの元に集まる農地は増えるばかり。宮澤ファームの従業員全員の作業量は年々増加し、田植えや収穫などのお米づくりのピーク時は、なかなか休みが取れないそうだ。
こうした中で宮澤さんは“体が資本”と意識し、できるだけ交代制や週休2日制も模索しているそうだ。しかし、可能な限り就業体制の工夫を行っていても、課題は尽きない。効率化のために機械導入も積極的に考えているそうだが、物価高騰で投資のタイミングが難しい。「新しい機械を入れれば、1日が半日で終わるようになり、浮いた時間でより細かい管理や品質向上に使える。それでも大きな投資には慎重にならざるを得ない」と話す。
このように宮澤さんは、お米の栽培から販売、従業員の就業体制まで、現在抱える課題に追われる毎日を送っている。その一方で経営者として来年以降のことも考えなくてはいけない。たとえば現在はお米の販売問い合わせが多いが、この状況もいずれは落ち着く未来が訪れるかもしれない。「いざとなればすぐに動ける体制は作っておきたいですよね。例えば海外に向けて輸出するならば、EUなどの厳しい基準に対応できないといけない」と語る。この準備のために現在は、メタンガスの発生を減らすなど、環境負荷を軽減したお米づくりも検討しているそうだ。
■AI・最新技術を積極導入。何より大切なのは“人”
物価高騰の中でも、新しい技術は可能な範囲内で積極的に取り入れ、試していく姿勢が毎年印象的な宮澤さん。衛星やドローンによる圃場データの活用は、すでに導入済み。最近は栽培管理や経営分析にAIも活用しているそうだ。たとえば、これまで宮澤さんが蓄積してきた栽培のデータをAIに投げかけて、今後の栽培方法を尋ねたりしている。
しかし最新の技術やAIを積極的に導入しつつも、宮澤さんが基盤として大切にしているのは“人”。毎年購入してくれるお寿司屋さんやお弁当屋さんからは「宮澤さんのお米に変えてから、ごはんがおいしくなった」という声が多く届く。宮澤さんは「AIで効率化は進むけれど、本当においしい仕上がりになるかの最終判断は人なんですよね。感覚の農業を次世代につなげるには、数字と経験値、両方のバランスが大切だと思っています」と教えてくれた。
3年連続という快挙となったが「入賞止まりに甘んじてはいられない。いつかは最優秀賞を連続で取るまで出品し続けたい」と話す、宮澤さん。噛むほどに甘みが増し、冷めてもおいしさが変わらない、という地域のお米の特長を大切に守りながら、このおいしさをこれからも多くの人に届けていくために様々なチャレンジを積極的に行っていく予定だ。

9月6日(土)から9月7日(日)まで、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、宮澤さんの「コシヒカリ」が提供されます。噛めば噛むほど甘みが増すブレないおいしさのお米を、当店自慢の炊飯技術で最高の状態に炊き上げて提供いたします。「お米番付」で3年連続受賞、宮澤さんの「コシヒカリ」を、この機会にぜひお愉しみください。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。
