
最終更新日:2026-08-04
人の五感で「甘い」と感じるお米を選ぶ「お米番付」。第12回大会で入賞を果たしたのは、北海道瀬棚郡今金町の吉本辰也さんが育てる「ゆめぴりか」だ。土地のポテンシャルを最大限に生かしながら、日々変化する環境に向き合い続ける吉本さん。生産者仲間からも支持される、存在感のある粒と、しっかりとした粘りのあるお米。それが生まれた背景を深く伺っていくと、ひたむきにお米づくりと向き合う、まさに職人のような姿があった。
土地のポテンシャルが7割
北海道瀬棚郡今金町にある吉本さんの田んぼは、おいしいお米を育てる条件が自然と揃っている場所だ。一級河川である後志利別川があるおかげで、水はたっぷりある。また本州よりも比較的涼しい気候であることが、温暖化の進む昨今では大きな強みになっている。
水と気候に恵まれていることに加え、この地域には“泥炭地”という寒冷地ならではの土がある。枯れた植物が土壌微生物に完全に分解されず蓄積したもので、栄養が豊富だ。同じ今金町の中でも、養分が豊富すぎてお米が育ちすぎてしまい、食味が落ちる地区もあるが、吉本さんの田んぼはその絶妙なバランスが奇跡的に保たれている場所だそうだ。
「お米のおいしさは、土地のポテンシャルが7割ぐらい関係してるのかな」と吉本さんは話す。しかし全国32都道府県から届いた190品のお米が集まる「お米番付」で受賞するためには、この土地のポテンシャルをいかに引き出すかが、生産者のこれまでの経験で培った腕の見せどころとなる。まずは吉本さんの就農からこれまでの歩みを伺っていった。
就農から30年、増えていく面積
20歳で家業を手伝うようになった吉本さん。当時は北海道の名産・今金男爵をはじめとするジャガイモなどの畑作と稲作を半々で営む複合農家だった。父親から家業を譲り受ける前から、吉本さんの栽培担当はお米が中心だったこともあり、今では50ヘクタールの農地の全てでお米づくり一本に絞っている。
就農から約30年。お米づくりを引退する生産者が増えるにつれ、吉本さんが耕す面積は広がり続けた。10年前は40ヘクタールに満たなかったが、昨年だけでも4ヘクタール増えた。以前から「引退したら田んぼをよろしくね」と冗談交じりに言われてきたが、その言葉の真剣さが年々増していると感じているそうだ。
30年間積み重ねてきた職人技
今では全部で50枚以上ある吉本さんの田んぼ。「だいたい一枚一枚の特性はわかってるんで」と、それぞれの個性を熟知している。品種は「ゆめぴりか」「ななつぼし」「ふっくりんこ」「そらきらり」「大地の星」「えみまる」の6つに加えて加工用米を栽培している。品種ごとに植える場所を変え、田んぼの個性に合わせて使い分けているそうだ。
肥料の使い方も品種によって細かく変えている。中でも「ゆめぴりか」はたくさんの肥料を投与して収量を上げようとしすぎると、食味が落ちてしまいやすい品種なのだそう。前年の食味データを見ながら、田んぼ一枚一枚に合わせて肥料を微調整するのは、まさに30年間積み重ねてきた職人技だ。
また収穫をする時も、細かい管理を行う。その日収穫したものは同じロットとして扱い、ロットごとにそれぞれ品質を調べて管理する。このように品質管理を徹底的に行うことが、毎年おいしいお米を安定的につくることにつながっている。
変化に日々対応する
積み重ねてきた職人技が通用しないこともある。原因は様々だが、特に大きいのはここ近年でさらに深刻化してきた地球温暖化だ。北海道も例外ではなく、稲刈りの時期は吉本さんが就農した頃と比べて1ヶ月近く早くなっているそうだ。30年前は4〜5年に一度はあった冷害も、もちろん最近は全くない。それどころか最近は9月上旬まで最高気温が30度近いこともある、と吉本さんは教えてくれた。
北海道でも高温障害を気にしなければならない年も出てきた。適切に対策をしないと、食味の良くない乳白米が目立つお米ができあがってしまう。暑い日は、田んぼに冷たい水を掛け流して対応しているそうだ。吉本さんも「まさか北海道で高温対策をした方がいいと言われるようになるとは思わなかったですよね」と話す。
このように地域を取り巻く環境は年々変わっていく。「毎年1年生だよね。同じことをしていても、同じ結果は続かない」と、職人技に常時アップデートをかけている。
職人を二人三脚で支える存在
吉本さんのお米づくりを支えているのが、奥様の存在だ。繁忙期の作業を手伝うほか、販売・顧客管理も担当してくれている。以前は吉本さんが全て一人でこなしていたが、十数年前から引き継いだ。奥様はお客さんごとの購入量をきちんとメモして「このお客さんは何俵必要だから、これだけ確保しないといけない」と具体的に管理している。
「自分は頭の中でズボラな管理をしていましたが、妻に代わってからお客さんが増えているんです。商売上手なんでしょうね」と笑う吉本さん。夫婦二人三脚で協力しながらおいしいお米をつくって販売することで、吉本さんのお米の評判は口コミなどを通じて広がっている。
「お米番付」に応募したのも、2年前に奥様が見つけてきてくれたことがきっかけだった。「結局は見つけてきたのも妻ですから」と吉本さんは照れながら話すが、その様子から奥様に日々感謝していることが伝わってくる。今回の受賞を最も喜んでくれたのも奥様だという。
仲間からも支持される、粒立ちと粘りのお米
「自慢するようなことはないですけど」と前置きしながら、吉本さんが話してくれたことがある。平成最後の年に、北海道代表として新嘗祭用の献穀米を皇居に献上したことがあった。皇居に行って天皇陛下にお会いし万歳三唱を行ったことは、吉本さんのお米づくりの人生の中で忘れられない大きな経験となった。
献穀米は全国各都道府県の代表が作るもので、北海道からは毎年2か所が選ばれる。各地区の持ち回りで、その年は道南地区の順番だった。「たまたま自分が稲作部会の会長をやっていた時だったので」と謙遜しながら話すが、それは吉本さんのお米は間違いないと信頼されていたからこそだ。「お米番付第12回大会」で受賞した「ゆめぴりか」も粒の大きさと、しっかりとした粘りが特長的と審査員から評価された。
今回の交流会では、受賞生産者たちがお互いのお米を食べ比べるブラインド審査が行われた。12品目の受賞米を、どこの誰のものか伏せた状態で並べて、実際に食べてもらう。そこで一番おいしいと選ばれたのが、吉本さんの「ゆめぴりか」だった。
「プロの審査とは別で、仲間から評価されたということになる。『おいしかった』『1番これだと思った』と言われて、とても嬉しかったですよ」と吉本さんは顔を緩める。吉本さんと同じく入賞した、福島県郡山市の遠藤敏夫さんも「あれはもうピカイチだったよね」と話していた。吉本さんのお米には、ライバルでもある仲間も認めるおいしさがある。
日々ひたむきにお米と向き合っている吉本さんと、それを支える奥様にとって、京都での表彰式やほかの生産者との交流は、一年の成果を再確認できる場所となった。
入賞を励みに、ひたすらおいしさを磨き続ける
吉本さんは10年以上前から、成分分析計ではなく人が食べて評価するコンテストを探して応募してきた。「自分はお米をおいしくつくることだけでいっぱいになってしまって、売って歩くのには向かない人間なんです。自分のお米ってどう評価されるのかな、と興味を持つようになったことがきっかけでした」と話す。
今回のようにコンテストで入賞できたことが、吉本さんのお米づくりの励みにつながっている。次回の「お米番付」でも入賞することが目標だ。「せっかくなので、常連になってみたい。それに、お米のコンクールでトップになったことはまだ一度もないので、取ってみたいですね」と話す。

2026年8月22日(土)から8月23日(日)まで、旗艦店「炊き立て土鍋ごはん OMOYA 八代目儀兵衛」、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、吉本辰也さんの「ゆめぴりか」が受賞米として提供される。八代目儀兵衛こだわりの精米と、磨き上げられた炊飯技術、そして独自の土鍋炊飯釜「Bamboo!!」によって、存在感のある粒としっかりとした粘りを持つ「ゆめぴりか」の魅力がさらに引き出される。「一生懸命つくったお米を、おいしいとお客さんが食べてくれたら嬉しい」と話す吉本さん。生産者の仲間も認める、職人のお米をぜひ炊き立ての状態で味わっていただきたい。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。
