おいしさを諦めない、次世代につなぐ農業「お米番付第12回大会」優秀賞:新井貴久男さん 品種:コシヒカリ

おいしさを諦めない、次世代につなぐ農業「お米番付第12回大会」優秀賞:新井貴久男さん 品種:コシヒカリ

最終更新日:2026-02-24

成分分析計を使わず、審査員の五感で選び抜かれる「お米番付」。その第12回大会優秀賞として、群馬県渋川市の新井貴久男さんが育てる「コシヒカリ」が選ばれた。「自分がおいしいお米を食べたい」そんな純粋な想いから始まった新井さんの米づくり。しかし、近年のお米を取り巻く厳しい環境のなかで、おいしいお米をつくり続けるために直面している課題も浮かび上がってきているそうだ。今回は、新井さんが将来を見据えて取り組む、持続可能なお米づくりについてお話を伺った。

趣味のお米づくりが、会社になるまで

お米づくりをする傍ら、工場経営者でもある新井さん。お米づくりを始めたきっかけは「ただ自分がおいしいお米を食べたかったから」。最初は趣味の農業だったが、耕す面積が増えていき、大型機械が必要になるにつれて、設備投資だけで2〜3億円もの費用がかかるようになった。そこで2018年、農業部隊を別会社として立ち上げることを決意した。

「塩むすびが一番おいしく食べられるお米が、俺の思っているおいしいお米です」

そう語る新井さんの朝ごはんは、毎日塩むすび。「冷めてもおいしい、食べるのを待ち望んでもらえるお米を作りたい」のだそう。おかずがなくてもごはんだけで、誰もがおいしいと満足できるお米だ。工場の取引先へのお中元・お歳暮には自身のお米も贈っているそうだが、毎年届くのを楽しみにしている人がたくさんいるという。

会社を興す前はおいしさだけを追究することができていたが、規模が大きくなるにつれて経営者としての視点も必要になった。現在では約50ヘクタール、400枚もの棚田を手がけるまでに。その3分の1は個人向けのおいしさ重視のお米、3分の2は業務用としておいしさと収量のバランスを意識するなど、栽培方法は完全に分けているそうだ。

渋川の土が引き出す、お米本来のおいしさ

群馬県渋川市は、複数の火山に囲まれた火山のまちだ。新井さんによると、田んぼの土壌には、火山活動によって噴出してきたミネラル要素がたくさんあるそうだ。しかし砂地のため肥料持ちが悪く、収量を上げにくい環境でもある。

一見不利に思える環境だが、新井さんによると収量が少ない分、おいしいお米が育ちやすい地域なのだそう。しかし、決して自然に任せるだけでおいしいお米ができるわけではない。「自分の持っている能力以上に収穫しようとしたら、やっぱり肥料を増やすしかない。でも肥料の効きが良すぎると、食味も落ちてくる」と教えてくれた。

砂地の土壌は肥料の抜けが良いため、必要な時に必要なものだけを与えることができる。この稲本来の力を引き出すつくりかたが、おいしさを引き出している。

“いつも通り”ではなかった今年、それでも優秀賞

「お米番付」には、久々のエントリーだった新井さん。今回の受賞を受けて「正直びっくりしたのが実情ですね」と控えめに答える。今年は昨年よりも収量を上げることを優先し、お米づくりに励んだそうだ。「おいしいお米をつくりたい」と始めたお米づくりだが、経営者として収量も意識しないと、それを続けていくことはできない。試行錯誤した結果、今年は、新井さんとして納得のいくおいしさに仕上げることができなかったそうだ。

本人は謙遜するが、ファンの多い新井さんの「コシヒカリ」。しかし、今回の「お米番付第12回大会」では、最優秀賞に次ぐ優秀賞を受賞した。収量を意識しつつも、食のプロを唸らせる水準を実現したことになる。特に、「透明感があり美しい見た目と、噛むほどに広がる甘さと余韻が評価された。今回の結果を受けて「来年は“いつも通り”つくろうと思う」と話す新井さん。来年、新井さんの「コシヒカリ」が更においしくなって帰ってくるのが、今から楽しみでならない。

休みなしの、暑さに負けない稲づくり

今回受賞した「コシヒカリ」は創業時からずっと育ててきた。しかし年々深刻化する地球温暖化に対応するため、暑さに強い他の品種を探しては、毎年約10アールずつ試験栽培を行っているそうだ。特に新井さんの田んぼがある群馬県は、歴代最高気温を過去に記録するなど、日本で随一の暑い県だ。「百葉箱の中で40度ぐらいだから、炎天下の太陽がギラギラのところはもう50度ぐらいになる」と話す。

稲にとって過酷な環境下でおいしいお米を育てるために、新井さんが着目したのが苗づくりと、根を強くする土づくりだった。“三つ子の魂百まで”という言葉がある。丈夫な稲を育てるためには、苗のうちの生育は大切。種の選別、肥料成分の調整、浸水を長く行うなど、新井さんは丈夫な苗づくりのためには、とことん手を抜かない。また、暑さ対策には根を強くすることも重要だと考え、有機肥料も活用している。こうすることで土の中の目には見えない細菌が増えるそうだ。この作業は稲を収穫して田植えが始まるまでのオフシーズンに行う。おいしいお米づくりには休みはない。

娘に継ぐため、持続可能な農業を追究

このほかにも、新井さんは様々な工夫を凝らしておいしさを追究している。5年前からは黒糖を田んぼに流し込むことも続けているそうだ。これは生産者仲間から教えてもらった方法。気になったことは一度自身で試すようにしているそうだ。「田んぼに海水を撒いてみたり、菌を使ったりとか、いろんなことにチャレンジしていますよ」と新井さん。

しかし棚田のような地形に散らばった、400枚もの田んぼすべてを耕すためには、手間をかけようにも限界がある。「経営をちゃんとしていかないと難しい地域なんです」と新井さん。経費を意識していないと損益分岐点が上がってこない。だからこそ、おいしいお米づくりと経営の両立を真剣に考えている。

会社の後継である娘さんのことを話しながら「継いでくれるんだって」と照れながらも微笑む、新井さん。次の代にきちんと渡すことができる会社の経営状態を維持しながら、お客さんに喜ばれるものをつくり続けることができる、持続可能な農業を目指したいそうだ。そのために、種の販売も手がけるなど、商流づくりにも取り組んでいる。利益を増やすために、お米を値上げすることもできる。しかし高すぎる価格はつけないという信念を持つ新井さん。「自分でも納得できる、正直な商売がしたいんだよね。主食なんだからさ。みんながおいしいお米を普通に食べられる状態が一番いい」と話す。

お米づくりが好き、それが原点

「『お米番付』は一般的なコンクールとはちょっと違うステージにいるような気がする」と話す新井さん。「お米番付第12回大会」の交流会は、普段は全国各地でおいしいお米づくりに奮闘する、仲間とも言える生産者たちと話すことができる機会。新井さんは仲間と話す中で、自身では考えもつかないような面白いお米づくりの話を聞くのが楽しいという。

お米づくりについて「元々は、ただ好きなだけなんですよ。おいしいごはんって幸せにならない?食べた人に『あ、うまい』って思ってもらえるお米ができると、お米づくりは楽しいと俺たち生産者も思えるようになる」とまるで少年のように目を輝かせて話す。

「自分がおいしいお米を食べたい」そんな純粋な想いから始まった、新井さんのお米づくり。しかし、昨今のお米を取り巻く環境が厳しさを増すなか、新井さんのように「好き」という気持ちだけではお米づくりを続けることが難しくなってきている生産者は少なくない。私たち消費者が、食べてお米のおいしさを感じ、お米の価値そのものが向上していくことこそ、日本のおいしいお米を未来へ繋ぐための鍵となるかもしれない。

新井さんは「みんながお米に興味を持ってくれるだけでいい。その人に合ったお米が探せたら最高だよね」と語る。今日から、スーパーで目についたお米をただ買うのでなく、自分の好みはどうなんだろう、と楽しみながらお米を選んでみよう。

2026年3月7日(土)から3月8日(日)の2日間、旗艦店「炊き立て土鍋ごはん OMOYA 八代目儀兵衛」、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、新井さんの「コシヒカリ」が提供される。新井さんご自身も予約して来店予定とのこと。「ドキドキするよね。おいしいって言ってもらえるのが一番嬉しい。笑顔が見られれば最高。まずいって言われたら悲しいもんなあ」と、お客様の反応に期待と緊張を隠せない様子。新井さんの「塩むすびでもおいしいお米」を、米職人が土鍋でどう炊き上げるのか。その味わいを、ぜひ愉しんでほしい。

【執筆者プロフィール】

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター

広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。

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