
最終更新日:2026-08-21
人の五感で「甘い」と感じるお米を選ぶ「お米番付」。第12回大会で入賞を果たしたのは、京都府八幡市の辻典彦さんが育てる「ヒノヒカリ」だった。2016年、2017年の連続受賞以来、約10年ぶりの返り咲きとなる。「久しぶりに、少しマシなものがつくれるようになったのかな。嬉しかったですけど、もっと頑張っていかないといけないなと改めて思いました」と、喜びよりも先に背筋を伸ばす。今回は辻さんがどのようにして消費者においしいお米を届けているのかを伺ってきた。
「お米番付」の受賞で、全てが開けた
京都と大阪のちょうど中間に位置する京都南部は、採れたお米が地元や近隣で消費されることが多いため、もともとはお米を全国に出すこと自体が少ない地域だった。全国的な食味ランキングには出品すらされず、15年、20年前に「なんぼ頑張ったってこんなところでは無理ですよ」とはっきり言われたこともあったと辻さんは振り返る。
地域の転機となったのが、辻さんの「お米番付」での受賞だった。それをきっかけに京都府独自のコンテストが立ち上がり、「頑張っていいものをつくれば認めてもらえる」という機運が府内に広がっていく。数年後には南部のJAも独自のコンテストを開始し、挑戦から3年目で特Aを獲得。その後は2年連続で特Aを取るまでになった。「『お米番付』の受賞のおかげで、全てが開けた。本当にありがたいと思っています」と辻さんは話す。
今回の授賞式には、近所の生産者も一緒に駆けつけてくれた。その方も「お米番付第12回大会」に応募し、最終選考の一歩手前まで進んだ仲間だ。「頑張ればこの辺りでも絶対にいいお米ができるとみんなで信じて、あとは僕らがどれだけ頑張るか。みんなで頑張っていきたいですね」と、辻さんは地域のこれからを笑顔で話す。
父のような天才ではなく、努力家として
物心のつく前から、家業のお米づくりと筍仕事を手伝ってきたという辻さん。幼い頃から背中を見て常に目標としていたのは、お父様だった。田んぼで水がスムーズに流れるよう、100メートル先で2〜3センチ下がる絶妙な勾配をつけるなどといった難しいことを成し遂げる、天才肌の方だったそう。夏は涼しい早朝に仕事を済ませ、高校野球を全試合見てから夕方にサッと残りの作業を片付ける。頑固で口うるさいけれど、言いたいことを言い、やりたいことをやり、それでもいいお米といい筍をつくってくる。「そんな父の姿が、なんとなくかっこよかったんです」と、この道に進んだ理由を話してくれた。
「いまだに父がつくっていたお米の方がおいしいなと思います。超えたいと思いながら、なかなか超えられない」と笑う。お父様のような綺麗な仕事はできない。だから辻さんは「僕は泥臭い仕事をするタイプなんです」と、うまくいかないところがあれば手で直し、深夜まででも稲に向き合う。周りからは「お父さんも大概変わってたけど、あんたも変わってるね」と言われるそうだ。
「私は天才ではありませんので、努力家になるしかありません。努力とは、やろうと思えば誰にでもできるはずのことを、さぼらずに本当にやること。無駄は省かないといけないけれど、手間を省いてはいけないんです」
梅雨に植えて、土用に干す
辻さんがお米づくりをする際に特に大切にしていることは“適期栽培”だ。これは、人間の都合ではなく、植物に人間が合わせるという育て方。「本来、田植えは季語でいうと梅雨時のもの。梅雨の真っ最中にするべきものだと思っています」と話す。何百年も前から、梅雨の時期に合うように日本のお米の品種は改良されてきた。そのため、辻さんは田植えを6月10日頃から7月という梅雨の真っ最中に行うそうだ。
しかも、この作業を一律には進めない。全部で25枚ある田んぼを一枚ずつ見極め、その田んぼにとってベストなタイミングに合わせて順番に進めていく。肥料を撒いたら2日後に代かき、その2日後に田植え。それを何度も繰り返す。「ややこしくならへん?とみんなに言われるんですけど、一枚一枚の田んぼのことを考えてあげたら、こうなるんです」と苦笑する。
土を乾かしてひび割れさせる中干しも、一年で最も暑い土用の頃に短期間で行う“土用干し”が本来の姿だと、辻さんは考える。土用という暑さの盛りなら3日ほどで充分にひびが入り、新鮮な酸素と養分が土の深くまで行き渡るそうだ。
“適期栽培”を行う理由を伺うと「私がお米をつくっているという感覚はないんです。補助をしてるだけで、つくってくれているのは稲たち」と答える。よく「お米番付」で何度も受賞する生産者は、辻さんと同じように言うが、おいしいお米を育てる生産者は皆、私たちは自然の中の循環の一部で生きているのだと知っているのかもしれない。
自然と共存するために、省かない手間
近年、辻さんの田んぼでは無農薬で栽培する割合が増えてきた。そうなると大変なのが雑草との戦い。さらにこの地域では、稲を食べてしまうジャンボタニシという巻貝の食害が大問題になっている。ところが辻さんは、この貝を薬で駆除せず、共存する仕組みを作っているそうだ。
あぜ刈りした雑草を、あえて田んぼの中に入れる。すると硬い稲よりも柔らかい生えたばかりの雑草をタニシが食べてくれる。水も張りっぱなしにせず、入れては落としを繰り返す。雑草が生えかけたところで、その柔らかい芽をタニシが食べ、水を切らした田んぼでは稲がしっかりと根を張る。「そんなにタニシがいたらえらいことになるやろとみんな心配してくれはるんですけど、水管理でうまいこと調整しているので」と笑う。周囲からは手間でしょうがないだろうと言われる作業でも、辻さんにとっては省いてはいけない手間なのだ。
「やりたいことを全部やるなら、3ヘクタールが限度」
“米・食味鑑定士”の資格を持つ辻さんは、全国の生産者から100種類ほどのお米を、毎年取り寄せて食べ比べている。その中でも「この人のお米は特別」という生産者がいるそうだ。十数年前、その生産者に「5ヘクタール(という辻さんの田んぼの全面積)をどう思う?」と質問をもらったことがあるそうだ。やりたいことが全部しきれないと正直に答えると、「そやろ。稲にしてあげたいことを全部やろうと思ったら、3ヘクタールが限度や」と返ってきたという。
「その瞬間、経営のことを考えて『え?』と思ってしまって。そうしたら『今お金のこと考えたやろ』と見透かされました」と辻さんは苦笑する。全精力を注いだお米に見合う値段が先に決まり、その金額に見合ったものをつくればいい。今後はこの5ヘクタールを減らしていく方向なのだそう。
年齢とともに体力の衰えを感じてしまい「こんなもんか」とどこかで諦めかけていた時期もあったと振り返る辻さん。しかしここ数年よりも手間をかけることができたと感じた今回のお米が、久しぶりの入賞につながった。「やっぱりもっとちゃんと手間をかけてあげなあかんねんなぁ、と再認識しました」と今回の「お米番付」での受賞が、自身の背中を押すきっかけになったそうだ。
消費者の口に入るまで、責任を持つ
お米の味は、収穫した時点で完成するものではない。保管や精米、炊き方によっても、その味わいは大きく変わると辻さんは考えている。刈り取りが終わったら、田んぼごとのお米を混ぜて管理せず、それぞれ別々に仕上げている。乾燥を終えると、本格的な籾すりに入る前に一部を小型の機械で籾すり・精米し、炊いて自身の舌で味を確かめる。同じ「ヒノヒカリ」でも、田んぼによって土の性質が異なるため、味わいは一つひとつ違うという。その結果を元に数種類の保管庫を使い分けて、最後に消費者からお米の好みを丁寧に伺ってお渡しする。「栽培だけが全てではなく、消費者の方の口に入るまでがずっと仕事だと思っています」。田んぼで育て、収穫して終わりではない。食べる人がおいしいと感じるところまで責任を持つことが、辻さんにとってのお米づくりなのだ。
また辻さんは地元で、少し変わった炊き方講座を開いている。同じお米を3つの釜で研ぎ方や設定を変えて炊き分け、食べ比べてもらうのだ。すると「私はこれが好き」と、必ず意見が割れる。「みんなにとってのベストな炊き方なんてものは、世の中にそもそも存在せえへんと思ってるんです」と語る。
収穫したら、終わりではない
「産地や銘柄でお米の味が決まるかのように思われている方が大多数だと思います。でも例えば焼き物で、有田の焼き物であれば全てが素晴らしいのでしょうか。いろいろな職人がいるはずです」と辻さん。産地というひとくくりの評価ではなく、個々の職人に光を当てる「お米番付」は、生産者も消費者も正しい道へと導いてくれる存在だと期待しているそうだ。
そんな辻さんは、ここぞという取引先にお米を届ける時、八代目儀兵衛に精米を頼むことがあるという。「うちのお米、こんなにおいしかったかなと思うくらい、ベストな状態に仕上げてくださる」と微笑む。保管、精米、炊き方などといった収穫した後も、手間をかけた分だけお米は変わっていく。消費者の口に入るまでの一つひとつの仕事が、お米のおいしさをつくっているのだ。

2026年9月5日(土)から9月6日(日)まで、旗艦店「炊き立て土鍋ごはん OMOYA 八代目儀兵衛」、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、辻典彦さんの「ヒノヒカリ」が提供される。「お料理に合った状態を吟味して炊いてくれはるので」と、辻さんもその炊きあがりに全幅の信頼を寄せる。粒感よりも深い味わいに重きを置いた「ヒノヒカリ」は、噛むほどに甘みが広がるのが特長だ。数えきれない手間をかけられて実ったひと粒。努力家がたどり着いた甘みを、ぜひ確かめに足を運んでいただきたい。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。
