
最終更新日:2026-09-04
成分分析計を使わず、審査員の五感で選び抜かれる「お米番付第12回大会」。その入賞として、栃木県大田原市の伊藤佳洋さんが育てる「コシヒカリ」が選ばれた。審査員からは、香ばしい香りと甘さの余韻が高く評価された。本業を持ちながら、家族や仲間とともに田んぼを守ってきた兼業農家だ。夏の暑さに弱いと言われる「コシヒカリ」で、二年連続の最終選考入りを果たした伊藤さんに、お米づくりへの想いと入賞までの道のりをうかがった。
農家のバトンを仲間と紡ぐ
伊藤さんの家系は代々お米づくりをしてきた。お寺の記録が一部失われているため正確には遡れないが、少なくとも15代以上は続いているという。
伊藤さんは家業を継ぐまでは「将来的にはやるのかな」と漠然と思う程度で、繁忙期に少し手を貸す程度しか関わっていなかった。跡を継ぐことの決心は、2010年の末に父親が亡くなったことがきっかけだった。翌2011年、伊藤さんは母親とふたりでお米づくりを始めた。
「最初はもう、どうなることやらと思いながらでした」と伊藤さんは当時を振り返る。それでもなんとかやってこれたのは、友人たちが毎年のように繁忙期に手伝いに来てくれたこと、お母さんや奥さんが支えてくれたことが大きい。大田原市には同じ世代の兼業農家が多く、仲間と話しながら助け合ってお米づくりを続けている。「本当に自分だけじゃできないなって思いますね」と伊藤さんは語る。
兼業だからこそ“冒険”を
就農してしばらくの間、伊藤さんのお米づくりは“冒険”をしないスタイルだった。田植えの時期も肥料も周囲と全く同じ。コンクールに出品して結果が出なくても「兼業だからしょうがない」と自分に言い訳をしてしまう時期があったと、正直に振り返る。
気持ちが変わったのは、尊敬する兼業農家の先輩から投げかけられた「逆に兼業だから、思い切ったことができるんじゃない?」という一言だった。本業の収入がある分、収量が多少減っても試してみることができる。失敗を恐れずに新しいことへ挑戦できる。その言葉をきっかけに、伊藤さんは「教えてもらったことはまずやってみる」ことを、お米づくりをする上で特に大切にするようになった。
2015年頃、研修会でケイ酸資材の効果を学んだことも転機になった。ケイ酸を使うと稲の茎が丈夫になり、病気に強くなるとともに、しっかり光合成ができるようになるという。試してみると、以前よりもおいしくなった手応えがあった。以来、田んぼごとに異なる種類の資材を使い分けながら実験を重ねている。教えてもらったものはまず試し、今も続けているものもあれば、さらに改良を行うものもある。
「お米番付」の交流会や生産者同士の勉強会も、学びの大切な場だ。「自分が思ってることだけが正解じゃないというか、いろんな方の意見を聞けて、ヒントを得られる」と伊藤さんは話す。交流会では刈り取りのタイミングについて「温度データだけでなく、自分の目で見た感覚も大事にした方がいい」というアドバイスをもらうなど、毎年の学びを次のお米づくりに活かし続けている。
“冒険”を重ねる中で、お米の売り方も変わっていった。それまではほぼ全量を出荷していたお米を、少しずつ直接消費者に販売するようにした。直接販売するお米はすべて有機質の肥料を使い、農薬を抑えた特別栽培米の基準で栽培している。また、お米を黒く変色させてしまうカメムシの防除を行わない年もあり、被害のある粒は2年前に導入した色彩選別機ではじいているそうだ。慣行栽培に比べれば、手間はどうしても増える。それでも「お客様に喜んでもらいたい」という気持ちが、伊藤さんを動かし続けている。
低温二段階乾燥で引き出す、香ばしさ
通常、稲刈り後の乾燥は翌日の作業のために一晩で終わらせることが多い。しかし伊藤さんは、直接お客様に届けるお米に限り、低温で二日間かけてじっくりと乾燥させる。まずある程度まで乾かしたら一晩そのまま寝かせ、翌日に再び低い温度で仕上げの乾燥を行う。急激に水分を飛ばすとお米のひび割れである、胴割れが起きやすく、品質が損なわれるからだ。
二日かけてじっくり乾燥させることで、伊藤さんは品質を守りながら、香りや甘さの余韻を引き出そうとしている。今回の「お米番付」の交流会では、審査員の一人から「甘さの余韻がずっと続くようなお米だった」と声をかけてもらったそうだ。後日届いた審査コメントにも「香ばしい香りがすごく特長的」という言葉があった。「香りを出すために乾燥をじっくり二段階でやっていたので、そこが良かったのかな」と伊藤さんは振り返る。
たっぷりの伏流水と暑さ対策で、おいしく
伊藤さんの田んぼがある栃木県大田原市は、県内でも「大田原のお米はおいしい」と評判の産地だ。古くからお米づくりが盛んな地域だったことから、かつては「おおたわら」を「大俵」と表記していたこともあったそうだ。昼夜の寒暖差と、かつては非常に多かった夕立が気温を下げ、お米の甘さを育んできた。土壌は砂地に近く肥料が抜けやすいが、水が豊富なこの地ではそれがプラスに働く。
水源の大きな特徴が蛇尾川(さびがわ)だ。砂利の下を水が流れる伏流河川で、地中を通った冷たい水が田んぼの上流でふたたび顔を出し、ミネラルを含んだまま田んぼに注がれる。水不足に悩まされることが少ないこの地域のお米づくりを、天然の水がしっかりと支えている。
しかし近年は夕立が少なくなり、これまでよりも温度の高い夜が増えた。これにより暑さに敏感な「コシヒカリ」にとっては厳しい環境が続くように。この対策として伊藤さんが行っているのが、種撒きから田植え時期を後ろ倒しにすることや、暑い時期は夜間に田んぼへ冷たい水を入れること、植える株と株の間を広げて風通しをよくすること、そしてケイ酸資材の活用だ。昨年は5月3日に種を撒き、5月22日頃から田植えを開始。今年は種まきを5月9日、田植えの開始を5月26日頃と、いずれも前年より1週間ほど遅らせた。近年の暑さに合わせて、栽培のタイミングを少しずつ調整している。
刈り取りのタイミングも、ここ数年で変えた。近年は体調を崩して刈り遅れた年が続いたことへの反省から、昨年は順番を変えたそうだ。早すぎればお米の粒にデンプンが充実しきれず、遅すぎれば品質が下がる。実際に試して、伊藤さんは「やっぱり違う、良かったなという印象でした」と振り返る。短い刈り取りの適期を逃さなかったことも、今回入賞した伊藤さんのコシヒカリのおいしさの秘訣なのかもしれない。
“一粒充実”、そしてお客様の声が力になる
「お米番付第12回大会」の結果を受け、今年のお米づくりで伊藤さんが掲げるテーマは“一粒充実”だ。生産者の勉強会で得たヒントをもとに、今年は稲の分けつを控えめにして、穂や実る籾の数を敢えて抑えることで、一粒一粒にしっかり栄養が行き渡るようにする。
分けつが多すぎると穂ごとに充実度のバラつきが生まれ、よく実った穂とそうでない穂が混在してしまう。「いいところと悪いところが一緒になっちゃうんじゃなくて、全部をいいところに持っていきたい」と伊藤さんは話す。実る籾の数を減らせば、収量が減る可能性がある。それでも「収穫量よりも食味を重視していきたい」と言い切る。収量よりも食味を選ぶ姿からも、伊藤さんらしい“冒険”がある。
こういった伊藤さんの“冒険”の後押しをするのが、お客様の声だ。なかでも伊藤さんの心に深く残っているのはこんな言葉だという。「子どもがあまりご飯を食べなかったのに、伊藤さんのお米にしたらおかわりして食べてくれた」。そういう声をいただくたびに、もっといいお米をつくろうという気持ちが湧いてくると話す。
また昨今の米価高騰に伴い、値上げの報告をお客様にした時には「この状況だから仕方ないよ」「逆にその値段で大丈夫なの?」という言葉をもらったそうだ。「その方たちを裏切らないように、これからもずっとおいしいお米をつくっていかないと」と、意気込みを語ってくれた。
さらに、米麺や米粉の販売にも取り組んでいる。きっかけは、友人のお子さんに小麦アレルギーがあったことだった。「小麦が食べられないから仕方なくお米の麺にするか、ではなく、アレルギーがあってもなくても家族みんなでおいしく食べられる麺をつくりたかった」と伊藤さんは振り返る。米麺は讃岐うどんのようなコシともちもちの食感が特徴で、うどんやパスタ、焼きそばなど、和洋中の温かいメニューから冷たいメニューまで何にでも合う。米粉は都内や関東近隣のカフェの焼き菓子にも使用されており、アレルギーを持つ方の他に、身体にやさしい食生活を心掛けている方からも好評だ。
お米を通じて、つながる喜び
今後の目標を尋ねると「今年を超えるお米をつくって、また『お米番付』の最終審査に残って、優秀賞、最優秀賞を取れるように頑張っていきたい」と真っ先に答える伊藤さん。敢闘賞から入賞へ、次は優秀賞、そして最優秀賞へ。「ちょっとずつ上がっていけるように」と言葉を続けた。
お米づくりは自身にとって「人とつながれるもの」なのだそう。直接お客様と話して、お米を届けて、そこがきっかけで新たな出会いが生まれる。マルシェで次に来た時に覚えていてくれるお客様がいて、「おいしかったよ」と声をかけてもらえる。お米づくりを通じて広がる人とのつながりが、伊藤さんのお米づくりの喜びのひとつになっている。
伊藤さん自身が普段食べているのは塩昆布のおにぎり。シンプルだからこそ、お米本来の甘さと旨みが際立つ。まずは炊きたてのごはんをそのまま一口。そこに、香ばしい香りとともに広がる甘さの余韻がある。

2026年9月26日(土)から9月27日(日)の2日間、旗艦店「炊き立て土鍋ごはん OMOYA 八代目儀兵衛」、京都祇園と東京銀座の「米料亭 八代目儀兵衛」にて、伊藤さんの「コシヒカリ」が受賞米として提供される。15代以上続く田んぼで、蛇尾川の伏流水に育まれ、低温二段階乾燥で丁寧に仕上げられたコシヒカリ。そこに八代目儀兵衛こだわりの精米と炊飯技術が加わることによって、伊藤さんのお米の魅力がさらに引き出される。食べる人の笑顔のために、“冒険”を重ね、一粒ひと粒の質を高める“一粒充実”へたどり着いた伊藤さん。甘く香ばしいコシヒカリを、まずは炊きたての一口で感じてほしい。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。
