
最終更新日:2024-08-02
八代目儀兵衛の「お米番付 第10回記念大会」。節目となる今回の入賞として選ばれたのは、岐阜県高山市の森本久雄さんから出品された「コシヒカリ」でした。「お米番付」での受賞は今年で2度目となる森本さん。授賞式後に今年初開催されたトークセッションでは、若手生産者さんの疑問に対して答える、歴代受賞者としてご参加いただきました。
今年で就農14年目となる森本さんは、岐阜県高山市にて家業として続くお米の生産と民宿を受け継ぎ、常に“とびきりおいしいお米”を追究しながら、「飛騨高山おいしいお米プロジェクト」の運営もされています。
今回はそんな森本さんが未来のお米づくりについて感じていることと、それに向けてご自身がどう行動されているか、また今後の目標を伺ってきました。
天候不順の中でお米づくり。森本さん流の対策
日本全国のお米生産者さんを困らせている、近年の天候不順。飛騨高山地域の生産者である森本さんも「昨年も天候が不安定でしたね。昔は、毎年良い天候が続くのではないかと思っていたこともありましたがね」と振り返る。たとえば2018年は、森本さんによると最高の天候条件だったそうだ。その年に収穫されたお米はデンプンが密度高く重なり、甘くておいしいお米が多かった。「最高の天候に恵まれる年は、生産者の人生の中で何度もあるものではないですね」と苦笑いで語る。
天候不順に対する森本さんの対策は、年の最初から天候不順を想定して栽培する方法。一度に全ての肥料を与えるのではなく、気候に合わせて量やタイミングを都度調整する。こうすることで、稲の生育に合わせて計画的に肥料を与えることができる。もちろん天気の長期予報は欠かさずチェックする。たとえば冷夏という情報を耳にしたら、稲の茎が細くてひょろひょろと伸びてしまう徒長が起きないように、まずは与える肥料の量を少し控えめにして対応する。
「春が来てお米づくりが始まると、今年もいい年になるぞ、と期待も込めて思ってしまうんです。そんな中でだんだんと、今年もそうではないんだ、今年も天候はおかしくなるんだな、と毎年感じていくんですよね」と話す。天候不順への適応もできる栽培方法を、現在のように意識するようになったのは3〜4年前だそうだ。年に数回、定期開催される「飛騨高山美味しいお米プロジェクト」の会合での、他の生産者さんたちとの情報交換で知ったやり方だ。森本さんはそこで得た情報を持ち帰り実践する中で、ご自分の栽培方法に落とし込んでおられる。
夏の暑さによる、稲刈り日の前倒し
「昨年は特に、気温と稲刈り日の選定について、最後の最後まで非常に悩みました」と話す森本さん。梅雨明け以降の気温が例年よりも2〜3度高く、例年通りの生育データを参考にすることが難しかった。出穂日を当初お盆時期と予想していたが、実際は4〜5日早かった。さらにお米に甘みがたまる時期も、 例年よりも暑かったそうだ。森本さんは刈り取り日の設定を行う際に、積算温度を参考にされている。積算温度とは、田んぼの出穂が50%完了した日から気象庁が出している1日の平均気温を足し続け、その合計数値が例年と同様になった時期を最適な稲刈り日と仮定する方法だ。これまでは天候不順の年でも、刈り取り日は3〜4日ずらすだけで済んでいた。しかし昨年は合計数値が大幅に高く、計算上では10日ほど早めなくてはならない結果が出て、非常に困惑したそうだ。
悩んだ末の決断。昨年の本刈りは9月20日、その5日ほど前に試験的に200株ほど坪狩りを行った。結果的に本刈りよりも坪刈りした方のお米の方が食味が良かったそうだが、坪刈りの時点で全部刈る勇気は出なかったそうだ。「2018年の、あの自分史上最高の天候だった年のお米を満点とすると、今年のお米は90点ですね」とご自身では謙虚に評価する。しかし、今年の森本さんのお米は乳白粒が特に少なく、デンプンが緻密に重なった飴色のお米が多かった。「人生でこんなおいしいお米を食べたのは初めてです」というコメントもお客様から多く寄せられたそうだ。天候不順に困惑しながらも、ここ近年で一番おいしくできたと森本さんは振り返る。
“とびきりおいしいお米”には、数字には表れない“お米力”がある
森本さんは八代目儀兵衛の「お米番付」で2年連続受賞され、このたび初開催だった授賞式後のトークセッションでは「U-5部門」受賞の生産者さん3名からの質問に歴代受賞者として答えられた。「お米番付」の他にも食味コンクールの国際大会にもエントリーし続け、そちらでも13年間で総合部門では10回入賞、金賞は4回も受賞されている。毎年確実においしいお米をつくる精度は年々上がってきており、まさに“とびきりおいしいお米”をつくるプロとも言える。
自身のお米のおいしさを物差しで測ることは難しい。生産者さんご自身や消費者さんが食べた時の感想は何よりも大切だが、その感想の真意を明確に分析するにはこうしたコンクールへのエントリーが有効だと森本さんは考える。数多く存在するコンクールの中でも、森本さんが八代目儀兵衛の「お米番付」に出品し続ける理由として、食味計を一切使わず、全て官能検査で評価するからだと教えてくださった。
森本さんは以前、食味計の数字にこだわりすぎた結果、人が食べた時の味わいのバランスが取れておらず、結果的においしくないお米が出来上がってしまった経験があるそうだ。2016年には食味計で審査するコンクールで102点を取ったが、最終審査で審査員から「一見、数字だけを見るとおいしいお米なのかなと感じるけれど、実際口にすると味が尖っていておいしくなかった」と評価されなかった。「食味計の数字で、ある程度のおいしさは示せますが、最終的には人が食べたときのバランスが本当のおいしさにつながります。たとえば食味計で60〜70点だと、人が食べてもおいしくない可能性がありますが、85点くらいになると、食味のバランスが取れていて、人間が食べておいしいと評価されるお米もあると思います」とご自身のこれまでの経験から、お米のおいしさの測り方について教えてくださった。
この解釈を採用試験に例えるとすると、テストの点数だけではその人の内面まで見えてこないが、面接などで実際に話すことで見えてくるその人の“人間力”があるようなもの。森本さんは八代目儀兵衛の「お米番付」を、“人間力”ならぬ“お米力”まで評価する立場として捉えてくださっている。真の“とびきりおいしいお米”とは食味のバランスの取れたお米。「だから私は八代目儀兵衛の『お米番付』にこれまでもこれからも出し続けるんです」と話してくださった。
お米を海外輸出するメリット。そのためにすべきこと
今回の「お米番付」の副賞には、受賞した生産者さんへの海外輸出支援もある。この副賞のメリットとして「個々の生産者さんが輸出を行おうとするのは難しい中で、利益の出やすい輸出に挑戦できるのは大きいと思います」と森本さんは分析してくださった。
世界中で巻き起こっているおにぎりブームや、お米がヘルシー食材として注目されている背景が後押しとなり、近年は海外で日本のお米への価格がつきやすい。たとえば、1俵当たり1万5000円、新潟のコシヒカリだと2万5000円で、国内では買い取ってもらえると仮定する。もし海外の富裕層に販売できるルートを作ることができたら同量を2〜4倍の価格で買ってもらえる可能性もある。農作業には同じコストをかけているのに、生産者の手元にも利益が残りやすくなる。「今後就農していく若手生産者さん達が、こぞって自身のお米を輸出をする機会を狙っていき、日本のお米の流通ルートが日本国内にとどまらず、世界的に増えていけばいいなと思っています」と八代目儀兵衛のこれからの動きに、森本さんも期待してくださっている。
その一方で、あくまでもお米の輸出は生産者さんが収入を得るための1つのプロセスに過ぎないことも教えてくださった。「これから私たち生産者がやるべきことは、耕す田んぼの広さに限らず、“とびきり美味しいお米”を一生懸命つくり、そのおいしさに見合った価格で高く売ることです。最終的には、それを国内で売るのか、海外で売るのかの違いでしかないと私は思っています」と話された。
若手生産者さんから感じたこと。森本さんの今後の展望
今年から追加された、就農5年以内で良食味のお米づくりを追究する生産者さんを表彰する「U-5部門」。表彰式後のトークセッションでは、お米の栽培についての話だけではなく、生産者さんの売り方についても議題に上がった。森本さんはこれに対し「まずは“とびきりおいしいお米”を作り、自身がつくるお米のおいしさに惚れ込んだお客様を掴むことが重要です。そのためにもやはり、若手のうちから自社の収益構造を強固に作り上げていく必要があると思います」とまとめられた。
新しい世代の生産者さんとの交流を通じてお米業界の未来への期待が膨らんでいる、と語る森本さん。「U-5部門」を受賞された新規就農者3名について「一度受賞したら翌年以降も賞を取り続けなくちゃいけない、と彼らは感じてるんだなと感じました。このお米づくりの現実に20代でぶち当たっている若手の彼らは、これからいろいろなことに挑戦できると思います。未来が楽しみです」とコメントを残された。
ご自身の今後の展望については「新規就農者を交えた生産者さん同士のネットワークが全国にあるので、私はそれをつなげる役割を今後担っていきたいです。最終的には、若手の生産者さんたちが活躍し、スターが生まれてほしいと思っています」と彼らのバックアップをしていきたいと話された。

8月10日(土)から8月11日(日)まで、米料亭 八代目儀兵衛、京都祇園と東京銀座の両店舗にて森本久雄さんの「コシヒカリ」が提供されます。甘みと旨みが詰まった、人が食べておいしいバランスの取れた甘いお米を、米料亭のお料理とともに。生産者さんの仲間とのコミュニケーションを行いながら天候不順と立ち向かい、工夫と情熱を込めて収穫された森本さんの“とびきりおいしいお米”、ぜひその豊かな味わいをご賞味ください。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。