
最終更新日:2025-02-13
機械を一切使わずに人が食べて“本当においしいお米”を発掘する異色のお米コンテスト、八代目儀兵衛の「お米番付 第11回大会」。今回の最優秀賞に輝いたのは、北海道上川郡剣淵町の秋庭伸夫さんがつくる「ゆきさやか」。日本全国のお米の中から選ばれた、こちらのお米の特長はなんと言っても、口に入れた時の絹のような滑らかな舌触りと上品な甘み。“手に取ってもらえるお米”を目指し、人との繋がりを大切にしながらチャレンジを続ける秋庭さんから、これまでの歩みと今後の目標を伺いました。
昨今の北海道北部のお米づくり
「本当に嬉しい。この一言に尽きます。今まで頑張ってきたことを食のプロの方々に評価していただけたっていう感覚。努力ってなかなか形にならないけれど、そんな中で今日こうして評価してもらえて、達成感でいっぱいです」
顔をほころばせながら語る、秋庭さん。北海道の中でも北部に位置する剣淵町は、冬はマイナス30度にもなる豪雪地帯だ。剣淵町ではお米の刈り取りを適期に合わせようとすると雪が降り始める時期に差し掛かってしまうため、これまでは予定よりも早く刈り取りをせざるを得なかった。しかし近年は、温暖化の影響で雪が降り始める時期が遅くなり、剣淵町でも積算温度に従って適期収穫できるようになってきたそうだ。
地球温暖化の影響は、お米づくりに重要な水にも及んでいる。かつては雪解け水が豊富だった剣淵町だが、近年は雪解け時期が早まり、水不足に直面することも増えたそうだ。そのため、秋庭さんも数年前にボーリング井戸を掘り、育苗の際はその水を使用するシステムに変更した。
このように地球温暖化が深刻化する中、秋庭さんは自然と対話し、その都度工夫を行う。おいしいお米をつくるためのこうした努力が実を結び、今回こうして最優秀賞の受賞につながった。
人との繋がりが、おいしいお米づくりの刺激に
一昨年の「お米番付」最優秀賞に輝いたのは、同じ剣淵町の武山昌彦さんの「ゆきさやか」だった。お話を伺うと武山さんは、秋庭さんの高校からの先輩なのだそう。秋庭さんが農業大学に入学する際も、ひとつ年上の武山さんの背中を見て同じ道を選択した。そして現在、同じお米の生産者になったお二人は、互いに高め合う存在。一昨年、武山さんが最優秀賞を受賞した際は、そのことが新聞にも取り上げられ、一躍有名になった。秋庭さんはその先輩の姿を見て、昨年から「お米番付」にエントリーするようになったそうだ。これまであまり注目されてこなかった剣淵町のお米だが、今年の秋庭さんの受賞によって、さらに全国的に知られる大きなきっかけとなった。
このように人との繋がり大切にする秋庭さんの周囲には、いつもたくさんの仲間がいる。青年農業者の育成や指導に携わる生産者が各都道府県の知事から認定される、農業指導士という資格も持ち、それが他の生産者と交流できる機会にもなっているそうだ。農業実習生の受け入れ窓口となったり、新規就農者を指導する活動を行うなど、秋庭さんご自身も未来の農業に向けた様々な活動を行っている。
その一方で、ご自身のお子さんの学校でPTA会長もされている。こちらでは他業種の方と様々なお話をされる機会があるそうで、これもまた秋庭さんの刺激になっている。焼肉店を営みながら秋庭さんのお米づくりを手伝う、お姉さんの美希さんは「弟は友達が多いんですよね。人との繋がりを大切にして、優しさを持った人間なんだろうなって感じますね」と語る。
「お米番付 第11回大会」表彰式後、受賞した生産者やお米業界の関係者が集まる交流会も開かれた。「普段なかなか会えない全国の生産者とお話しできる機会は貴重だ」と話してくださった。
“手に取ってもらえるお米”へのチャレンジ
このように秋庭さんは周囲から刺激を受けながら、“手に取ってもらえるお米”をつくるため、日々チャレンジを続ける。今回の最優秀賞受賞も、“手に取ってもらえるお米”への大きな一歩になると考える。
新たなチャレンジの一環として今年は、GLOBALG.A.P(グローバルギャップ)認証という国際基準の認証も取得予定だそう。GLOBALG.A.P認証とは、農業生産の安全性や環境への配慮、労働環境の改善など、多岐にわたる基準をクリアした農場に与えられる国際認証だ。農薬や肥料の使用記録を厳格に管理し、持続可能な農業の実践を証明することで、国内外の消費者に安心して選んでもらえるお米づくりを目指している。
「安全の担保って、ただ『うちは安全です』って言うだけでは不十分なんですよね。GLOBALG.A.P認証を取得すれば、農薬や肥料の使用状況、環境への配慮、労働環境などをしっかりと記録・管理し、第三者機関による認証を受けることで、その安全性が証明されるんです。これが結果的にブランド力の向上にもつながると考えています」とお米の安全性について、食べる人から信頼を得るための伝え方も工夫する。
GLOBALG.A.P認証のほかにも秋庭さんは、特別栽培米(農薬と化学肥料を50%削減)にも取り組んだり、今年からは、ご自身のお米を「秋庭ファーム」というブランドで道の駅で販売を始めるそうだ。
持続可能なお米づくりのため、抱えるジレンマ
この新しい「秋庭ファーム」というブランドについて、秋庭さんは「自分で精米ラインを作ったり、デザインを考えたりするのは、ずっとやりたかったことなんです。ただ、こういったチャレンジにはどうしてもお金がつきもの。収益が少ないお米づくりの中で、なかなか踏み出せませんでした。これまでは設備投資ができず、やりたくてもできなかったことが多かったですね」と話される。
秋庭さんが長年使ってきた農業機械も老朽化してきており、これまで「だましだまし使ってきた」そうだ。そんな中でも消費者においしいお米を食べてもらいたいという想いから、経営収支の範囲内で可能な限りおいしいお米づくりに取り組んできた。全部で30ヘクタールあるご自身の農地のうち、魚かすや有機質肥料を使ったお米づくりも行っているそうだ。
「まだまだチャレンジしたいことはたくさんあるんです」と話す秋庭さんは、循環型農業や除草剤を使わない農業にも目を向けている。しかし現在の機械では草をすべて取り除くことは難しく、高価な機械を導入するには資金が必要だ。理想だけを追いかけても、経営が成り立たなければ、永続的に農業は続かない。秋庭さんのように、新しいチャレンジをしたいという思いを抱えながらも、それに挑戦できないジレンマを、きっと多くの生産者が抱えているのだろう。
おいしいお米づくりを通じて、人が集まる場所を作りたい
「近年お米の価格が上がったことで、持続可能な農業経営への道が開けてきたけれど、まだ課題は山積みで油断はできません」と話す秋庭さん。新しいチャレンジには費用がかかるだけではなく、収量が減ってしまうリスクもある。そんな中でなぜ、秋庭さんはチャレンジを続けているかを尋ねると「消費者さんに可能な限りおいしいお米を食べてほしいから続けています。僕はこれまで、色んな人から支えてもらい、育ててもらった。これからはその恩返しができたらいいなと思っています」と語る。
そんな秋庭さんの今後の展望は、お姉さんの美希さんが秋庭さんのお米づくりを手伝いながら焼肉店を営んでいるように、これまで繋がってきた人々が集う場所を作ること。そしてその場所で、秋庭さんのおいしいお米を仲間に食べてもらうという夢がある。
「最終目標は、意欲ある後継者とワイワイ楽しく、おいしいお米づくりをすること。一度きりの人生だから、笑って過ごしたいですよね。これからも色んなことにチャレンジしていきたいです」
人との繋がりを大切にする秋庭さんの未来にはいつも、彼の周囲にいる仲間の存在がある。

秋庭さんの「ゆきさやか」は、2025年2月22日(土)から2月23日(日)まで、京都祇園と東京銀座の米料亭 八代目儀兵衛で提供される。米料亭では、磨き上げられた炊飯技術と八代目儀兵衛独自の土鍋を使用することで、番付受賞米を最高の状態で愉しむことができる。厳しい昨今のお米業界の情勢の中で、人との繋がりを大切にし、恩返しをしていきたいという秋庭さんの想いによって実った、「お米番付 第11回大会」最優秀賞の「ゆきさやか」を、ぜひ米料亭でご堪能ください。

荻野 奈々果
お米ライター/栄養士
日本米穀商連合会認定ごはんマイスター
広島女学院大学栄養学科を卒業後、新卒で米卸業者に就職。その後上京し、食品飲食業界にて栄養士・マーケターとしてお米の魅力を発信する。米卸業者での社長秘書、広報、営業としてのキャリアスキルを活かし、お米を主軸に置いた日本の伝統的な食文化を見直し、そこから次世代を見据えたお米の価値を創造していくなど、その活動の幅を広げている。日本米穀商連合会の「ぽかぽかお米びより」にてお米生活コラム「NaNaKaの穂のぼのMyライフ」連載中。