最終更新日:2023-11-11
「お米番付」の歴代受賞者の中でも、食べた瞬間に感動するほど「粒の生きた」上質なお米をつくる 8 名の生産者を厳選した「番付受賞米シリーズ」。今回そのうちのひとつとして選ばれた森本久雄さんのコシヒカリは、今年で第10回大会となる「お米番付」第9回大会にて受賞歴がある。神職もされている森本さんは自然の偉大さを自らの肌をもって実感し、お米の持つ潜在能力を引き出すお米づくりを行っている。ご自身が“世界一”と胸張って言えるほどおいしいお米を今後どのように伝えていきたいか、伺ってきた。
270年の歴史を持つ、神職農家さん
森本さんのご実家は270年前からの長い歴史を持つ。飛騨の大名である田村の地(現在の高山市)で先祖代々続く専業農家だ。元々流通関係のサラリーマンだった森本さん。家業を継いだのは2009年だった。そんな森本さんは現在、農業の傍ら飛騨東照宮で神職のお仕事もされている。日本古来から伝わる神道は、お米と切っても切り離すことができない関係。森本さんのご実家は農家さんとして長い歴史を持っていることもあり、お父さんも総代長をされていた。
〈お米と関わりの深いお祭りの一例〉
・祈年祭 一年の始まりに豊作を祈願
・春祭り 神様が氏子の住む町を練り歩き、豊作や健康を祈願
・夏祭り 悪天候や害虫から稲を守ることを祈願(飛騨地域では無し)
・新嘗祭 稲の収穫を感謝。新米を献供する
・初午祭 飛騨地域では繭の形をした餅をまいて五穀豊穣を祈願
飛騨高山の自然と、稲への畏敬の念
森本さんの田んぼは標高580mの高冷地にある。真夏の気温は昼間35度近くになるが、夜は20度くらいまで下がり比較的涼しい。もし夏の夜に温度が下がらなければ、稲は実に含まれるデンプンを使って体温を維持しようとする。これを高温障害と呼び、おいしいお米が実りにくくなる。高冷地特有の昼夜の寒暖差により、森本さんのおいしいお米は育まれている。
この地域の地形は比較的平坦な扇状地帯。山々によって日光が遮られることなく、日出から日没まで日当たりが良好だ。そして田んぼの南に位置する源氏岳からは、清らかな水が流れる。川によって流された土が堆積してできた地域なので、水や肥料をたっぷりと含んでくれる、お米づくりに適した土壌だ。
神職に就いてから、自然の偉大さを更に意識的に感じるようになった森本さん。例えば、神様の使いと言われるカモシカを見た年はいいことがある、といった古くからの言い伝えも、実感することが増えたのだそう。だから田んぼにいる神様にも感謝し、毎年ご自身でお祓いをされる。「万物に神様はいると感じるようになり、感謝の心を持つようになりました。自然を侮っちゃいけない。稲の生命力にもいつも驚かされます。小さな種から芽が出て、茎が分けつして数百もの実を結びますから。この奇跡にいつも感謝し、おいしく仕上げたいと思っています」と自然と同じように稲へも畏敬の念を抱く。
稲の潜在能力を引き出すお米づくり
このように稲の生命力を信じてその潜在能力に目を向ける森本さん。化学肥料は使わず有機肥料のみを指定量の半分ほど使用。農薬も通常の約8分の1の量に減らし、殺虫殺菌剤も使用しない。「稲が元々持っているエネルギーを引き出して、“メタボ米”ではなく“細マッチョ米”を作っているんです」と話す森本さん。一般的に一反( 約1,000㎡)の面積の田んぼから約8俵収穫できると言われているが、森本さんのお米は6.5俵ほどしか収穫できない。収入源に直結する収穫量に拘るのではなく、稲の持つ甘みと旨みを最大限に引き出すことに注力する。
この、おいしさに拘ったお米づくりは最初から行っていたわけではなく、それまではお米の値段が高くつく一等米にするために化学肥料や殺虫剤も使用していた。12年前からお米の食味コンクールに出品するようになり、コンクール入賞がきっかけとなってお米づくりに向き合う姿勢が変わったそう。「収穫量よりもおいしさを優先するお米づくりは親父の代から行っていましたが、私自身が夢中になったのは食味コンクールがきっかけです。その前まではいつ稲作を辞めようか本気で考えてました」と当時を振り返る森本さん。受賞できた年とできなかった年で何が違ったか、サラリーマン時代に培った分析力と企画力を生かして改良を重ねていくうちに、おいしいお米づくりにのめり込んでいった。そして稲の潜在能力を引き出す、現在のお米づくりに6年前にたどり着いた。
大切なのは光合成だと語る、森本さん。これががうまくいくと半透明で透き通った“飴色のお米”ができるのだそう。本来デンプンの層が緻密に重なってできるお米。もしも天候不順が重なるなど光合成がうまくいかないとその層が荒くなり、お米の中心に白い部分(心白)ができてしまう。こうなってしまったお米を実際に炊くとべちゃつきやすい。森本さんは1坪(約3.3㎡)あたり45株しか植えないことで稲と稲の間隔を広く確保し、光合成がしやすくなるよう工夫する。透き通った“飴色のお米”はこうして生まれる。
そんな森本さんは2018年から更に進化した、稲の潜在能力に注目したお米づくりを行っている。肥料などでお米に直接負担をかけるのではなく、土づくりに着目した2つのアイテムを使用する。一つ目は“いくまい水”というもので、人間で言う血液サラサラにしてくれる効果がある。これにより水分や養分の運搬を活性化され、実にデンプンの蓄積がされやすくなる手助けをしてくれる。
二つ目は“ケイ酸”という、人間で言うところの筋トレのためのプロテインのようなもの。稲の葉を丈夫にしてくれ、光合成を促進させる。こうすることで、より甘みたっぷりの“細マッチョ”なお米になってくれる。土が変わることで稲の成長が変わり、結果的にいい田んぼになるのだそう。これら2つのアイテムの使用量や時期の調節を行って、日々研究を重ねている。
“世界一”のお米を口中調味で味わって
毎年改良を重ねる森本さんのお米は、ご自身が“世界一”と胸張って言える逸品だ。コロナウイルスが流行する前に代々営んでいた“お宿もりもと”では、収穫したお米を最高におすすめのおかずと合わせて提供していた。現在は毎年2000人以上参加する“飛騨高山ウルトラマラソン”が開催された年に一度しか営業されていないため、あの味を恋しく思う人も多い。“お宿もりもと”で提供されていたお米の味を待つ人のために、現在居酒屋さんの開業を検討されている森本さん。「やはりお客様から直接おいしいという言葉を頂けるのは嬉しいんですよ。宿のように泊まることはできないけれど、より多くの人に私のお米を食べていただける機会を増やしたいです」と楽しそうに話す。
森本さんがお宿や居酒屋でお米を提供する際は、日本独自の食文化である口中調味(こうちゅうちょうみ)を大切にされているそうだ。キラキラと炊き上がったコシヒカリに卵の黄身を乗せ、そこに刻みのりや刻み葱、白ごまや山葵などの薬味を合わせ、出汁醤油を掛ける。最後に香ばしく炙ったノドグロを合わせて、素材の甘みや旨み、香りのハーモニーを楽しむ。「もしも明日死ぬと言われたら、私はこの組み合わせが食べたいですね」と森本さん。他にも飛騨牛や新鮮なうちに醤油漬けにしたお魚など、その土地の自然の恵みとの口中調味を楽しむのもおすすめ。ご自身の趣味が魚釣りということで、居酒屋を開業した際には釣ったお魚とコシヒカリの組み合わせを提供することも夢のひとつなのだそう。
おいしくて安全なお米を、未来に伝える
森本さんのおいしくて安全なお米を伝える活動は、ご自身のお米づくりだけに留まらない。未来を担う若者たちにも継承していくために発足した“飛騨高山おいしいお米プロジェクト”のメンバーとしても活動されている。「自分たちが持つ技術を伝えていくことで、日本中をおいしいお米だらけにしたいです」と話す森本さん。おいしくて安全なお米づくりだけではなく、そのことを神職やお宿、またプロジェクトでの活動を通して伝えたい、と積極的にアクションを続ける、この国が誇るレジェンドの一人だ。