最終更新日:2023-11-02
人の五感で「甘い」と感じるお米を選ぶ、お米番付。優秀賞を受賞したのは、山形県南陽市で栽培された黒澤拓真さんの夢ごこちだった。幼い頃から身近な存在だった家業のお米づくりに対する想いと、優秀賞受賞によって見つかった新たな夢について伺ってきた。
祖父と父の背中を見て育った幼少期
安土桃山時代から460年以上続くお米一家に生まれた黒澤さん。ご自身も当然のように家業を継ぐつもりで、幼い頃から代表の祖父と父の背中を見ていた。春の訪れと共にお米づくりが始まると、休日関係なく夜明けから日没まで田んぼに出かける様子を見て、農業の大変さを幼心に感じていた。
その後経営が祖父から父に譲渡されると、生活環境が変わっていった。これまでやってこなかった個人販売にも挑戦するようになり、売り上げも伸びた。機械化が進むこれからのお米づくりの可能性について、代表から聞く機会も増え、その頃からご自身の家業に対する考え方も少しずつ変わっていった。
お米づくりと向き合う黒澤さんの歩み
黒澤さんが本格的に就農を意識し始めたのは、大学生の時。学部は商学部だったが、当時提出していたレポートも農業を題材にしたものが多かったそうだ。大学卒業後の1年間はお米屋さんで研修生として働いた。今になって振り返ると、商学部での学びは家業の経営に、お米屋さんでの学びは加工販売に、それぞれ活かされている。
就農してから今年の春で7年目になる。幼い頃は抵抗を感じていたお米づくりというお仕事も、今ではずっとしていたくなるような熱中してしまう存在になっていた。
更に学びを深めるために
「稲の育て方に不正解はないんです」と話す黒澤さん。50年続くベテラン農家さんでもお米づくりを50回しか経験したことがない。しかし様々な農家さんから栽培技術を学べば、多くの経験を聞くことができる。繁忙期を避けた真夏や冬には、研修に行くようにしているそうだ。
研修に参加することで、これまで多くの学びを得ることができた。例えば稲の生きる力を信じ、肥料や農薬の使用は必要最低限にすること。こうすることで、農地への負荷を最小限に抑え、10年、20年後も同じおいしさのお米をお客様にお届けできる“持続可能”な栽培に繋がる。“持続可能”という言葉は最近使われるようになったように感じるが、お米づくりの世界においては、従来から大切にしていたことなのかも知れない。
研修で学べたことはお米づくりだけではない。従業員全員が一つの目標に向かって業務を進めることでまとまりが生まれやすい、といった経営に対する考え方についても学んだ。黒澤さんは現在の代表が掲げる「食卓の主役になれるようなお米」という目標を自らも大切にすることで、日々の業務に一丸となって励んでいるそうだ。
食味コンテストでお米づくりを客観視
学んだことを積極的に取り入れる黒澤さんにとって、食味コンテストは“自身のお米づくりが間違いではなかったか確認するための大切な機会”。農家さんはその仕事ぶりを他者から評価してもらう機会が少ない。その大切な機会として、今回お米番付を選んだのは「機械計測では数値として出にくい、人が感じるおいしさまで評価して欲しい」と思ったからだそう。
目標達成から新たな夢へと
以前から「30歳までにお米のコンテストで受賞したい」という目標を掲げていた黒澤さん。今回、目標に掲げていた年齢の1年前に優秀賞を受賞できたことで自信が付き、更においしいお米づくりへの意欲が湧いたそうだ。「山形県南陽市のお米の評価を更に上げていきたいという新たな夢もできた」と胸の内を明かしてくれた。
8月11日(金)から8月12日(土)まで、米料亭 八代目儀兵衛、京都祇園と東京銀座の両店舗にて黒澤さんの夢ごこちが提供される。460年という長い歴史のある家業を背負いながら、絶えず学びを続ける黒澤さんのおいしいお米を是非味わって欲しい。